修身教授録 14講 真実の生活 森信三著

迅技術経営の西井です。

本日、修身教授録 森信三著 致知出版社を読みました。

私が読むたびに共感している第14講の言葉を引用します。

引用開始

社会の地位を一段でも上へ上へと登って行こうとする人は、例えばここに様々な鉱石の層よりなる大きな絶壁があるとしてみましょう。するとその場合、先に述べた社会上の地位を、一段でも上へ上へと登ろうとする人は、いわばかような絶壁へ梯子をかけて、上え登るほど、そこには立派な鉱石があるからと言って、一段でも上の梯子段へ登ろうとあがいているようなものです。
ところでその際人々が、一段でも上のはしごへ登ろうとするのは、一段でも上へ登れば、それだけ良い鉱石がある以上、一応もっとも千万と言えましょう。しかしながら、ここに1つ見逃してはならない大事なことがあると思うのです。
それは何かというと、ただ梯子段を上に登ることだけを考えて、どこか一か所にとどまって、鉱脈に掘り込むことを忘れてはならぬということでしょう。
もし梯子段を上へ登ることだけを考えて、このどこかに踏みとどまって鉱石を掘ることに着手しない限り、一番上の段階まで登って、たとえそれが金銀のある場所だとしても、その人は一塊の金鉱すらわが手に入らないわけです。
これに反して、仮に身は最下の段階にいたとしても、もしそれまで梯子段の上ばかりにつけていた目の向きを変えて、まっすぐに我が目の前の鉱石の層に向かって、力の限りハンマーをふるって掘りかけたとしたら、たとえそれは金鉱や銀鉱ではないとしても、そこには確実に何らかの鉱石が掘り出されるのであります。

引用終了

これを私なりの解釈を含めて、AIに概念図を作成してもらいました。

縦軸は社会に入る前の努力が影響する項目や自分に与えられた役割(森信三先生の言葉であれば、いわゆる小学の先生か中等学校の先生か高等専門の先生か)、横軸は坑道そのものを切り開いていく努力であり、上に行っても、そこから坑道を切り開いたいかないと何も得られない。

縦軸に関しては、自分の意志だけではなく家庭環境等色々なものが影響する。一方で横軸は自分の意志である。

「どの役割でも、切り開いていけば、その役目に応じた鉱物は得られる」これが森信三先生が言いたかったことなんだろうと解釈しています。

高学歴でも社会人になってあまり坑道を切り開いていない人がいらっしゃいます。

高校卒業して社会人になった方でもあまり坑道を切り開いていない人がいらっしゃいます。

高校卒業して社会人になった方で坑道を切り開いている方もいます。

やはり人生で差がつくのは、坑道を切り開き続けているかどうかである。と思います。