いまこそ見直したい「共助」の力

~「任意だから参加しない」で、本当にいいのだろうか~

「自助・共助・公助」という言葉があります。

自助は、自分でできることは自分ですること。
共助は、地域や身近な人同士で助け合うこと。
公助は、行政など公的な仕組みによって支えることです。

この中で、今あらためて考えてみたいのが「共助」です。

近年、PTAや町会・自治会などについて、
「加入は任意なのだから入らない」
「参加するかどうかは個人の自由」
という考え方を耳にすることが増えました。

もちろん、その通りだと思います。

任意の団体である以上、加入しないという選択も尊重されるべきですし、家庭や仕事の事情によって活動への参加が難しい人もいます。

無理に参加を求めたり、「入るのが当たり前」と圧力をかけたりすることには、私も違和感があります。

ただ一方で、私はこうも思います。
「任意だから参加しない」で終わってしまって、本当に地域は成り立つのだろうか。

自分が参加しなくても、誰かがやっている

例えばPTAでは、子どもたちの登下校の見守りや学校行事への協力など、さまざまな活動が行われています。

町会や自治会でも、防災、防犯、地域清掃、ゴミ集積所の管理、地域行事、高齢者や子どもの見守りなど、日常生活を支える活動があります。

普段はあまり意識しないかもしれません。

けれど、私たちが地域で安心して暮らすことができる背景には、見えないところで動いている人たちがいます。

「私は参加していないから関係ない」
と思っていても、その活動によって生まれた安心や環境の恩恵を受けていることは少なくありません。

つまり、誰かが担ってくれているのです。

「時代に合わない」と思うなら、変える側に回るという選択もある

もちろん、PTAや町会・自治会の運営方法の中には、
「これは今の時代に合っていないのではないか」
「もっと効率よくできるのではないか」
「なぜ毎年同じやり方を続けているのだろう」
と感じるものもあると思います。

でも、だからといって、
「古いやり方だから関わらない」
で終わってしまうのは、少しもったいないように思います。

時代に合わないと思うのであれば、自分が運営する側に入り、変えていくという選択肢もあるのではないでしょうか。

会議の回数を減らす。
オンラインを活用する。
必要性の低い行事を見直す。
「例年こうしているから」という理由だけで続いていることをやめてみる。
だれかに負担が偏らない仕組みを考える。

実際に運営する側に入ってみると、それまで見えていなかった事情が分かることもあります。

逆に、「これはもう必要ないのでは」
と外から見ていた人だからこそ、気づける改善点もあります。

地域活動は、昔からある形をそのまま守ることが目的ではありません。
地域に必要なものを、その時代に合った形で続けていくこと。
そのためには、新しい人が運営に加わり、新しい視点を持ち込むことも必要だと思います。

批判することと、当事者になること

何かに対して、
「おかしい」
「非効率だ」
「もっとこうすればいいのに」
と言うことは簡単です。

もちろん、疑問を持つことや意見を言うことは大切です。
でも、地域の活動は誰かが運営しています。
もし変えたほうがよいと思うのであれば、自分もその輪の中に入り、意見を出し、一緒に変えていく。
それもまた「共助」ではないでしょうか。

共助とは、困った人を助けることだけではなく、自分たちが暮らす地域を自分たちでよりよくしていくことでもある。
私はそう考えています。

「全員が同じように」ではなく、「できることを」

もちろん、全員が役員を務めるべきだと言いたいわけではありません。

仕事が忙しい人もいます。
子育てや介護をしている人もいます。
体調や家庭の事情で、活動に参加することが難しい時期もあります。
大切なのは、全員が同じだけ負担することではないと思います。

できる人が、できるときに、できることをする。

会議に出ることが難しいなら、別の形で手伝う。
運営はできなくても、地域の行事に参加する。
子どもの登下校の時間に家の前から少し見守る。
近所の人に挨拶をする。

それも立派な地域との関わりです。

共助を「誰かがやってくれるもの」にしない

少し気になるのは、「地域活動はやりたい人がやればいい」という考え方です。

一見もっともらしく聞こえます。

でも、みんながそう考えたらどうなるでしょう。

見守りをする人がいなくなったら。
地域の防災訓練を準備する人がいなくなったら。
ゴミ集積所を管理する人がいなくなったら。
地域の行事を運営する人がいなくなったら。

それまで当たり前に存在していたものが、少しずつなくなっていきます。

共助は、サービスではありません。
誰かがお金をもらって提供してくれているものでもありません。
地域に暮らす人たちが少しずつ力を出し合うことで成り立っているものです。

だからこそ、
「誰かがやってくれるもの」ではなく、「自分も地域をつくる一人である」
という意識は、常に持っていたいと思います。

「入る・入らない」だけの話ではない

PTAや町会に入るか入らないか。
役員をするかしないか。

それだけが共助ではありません。
組織に所属しなくても、地域の中でできることはあります。

だから私は、「PTAや町会には必ず入るべきだ」と言いたいわけではありません。

ただ、「任意だから私は関係ない」で思考を止めないこと。
そして、「この地域で暮らす一人として、自分には何ができるだろう」と一度考えてみること。それが大切なのではないかと思っています。

「お互いさま」で暮らせる地域へ

便利な社会になり、人に頼らなくてもできることは増えました。
その一方で、人と人とのつながりは少しずつ薄くなっているようにも感じます。

自助だけでは支えきれないことがあります。
公助だけでも支えきれないことがあります。

その間にあるのが共助です。

自分でできることは自分でする。
難しいときには周囲で助け合う。
それでも難しいことは社会の仕組みで支える。

そして、自分たちの地域に改善したほうがよいことがあるなら、誰かが変えてくれるのを待つのではなく、自分たちでよりよい形を考えていく。

それもまた、共助だと思います。

「任意だから参加しない」という自由を認めながらも、
では、自分は地域のために何ができるのか。
変えたいことがあるなら、自分はどう関われるのか。

そこまで考えることが、「共助」を見直すということではないでしょうか。

誰にも迷惑をかけない社会ではなく、
「困ったときはお互いさま」と言える地域へ。
地域は、誰かがつくってくれるものではありません。
そこに暮らす私たち一人ひとりが、少しずつつくっていくものなのだと思います。

上島美和