2026年12月致知感想「住するところなきを花と知るべし」
士業育成システムで士業を共に育ち恩を送る人材(共育恩送)へと育成し、共育恩送の輪が広がることを目指す西井克己です。
雑誌「致知」2026年12月号が届きました。特集「住するところなきを花と知るべし」を読みましたので感想を記載します。
今回最も心に響いた記事は、観世清和さんの「世阿弥がめざしたもの」の「初心忘るべからず」からです。
致知の引用開始
世阿弥は多くの言葉を残していますが、私が最も大事にしてきたのは「初心忘るべからず」です。世間一般では、「初めて何かを取り組んだときの初々しい気持ち」という意味で理解されていますが、世阿弥のいう「初心」とは、己の技量の未熟さであり、失敗のことを指します。つまり世阿弥は、自分の未熟の自覚を忘れてそこに安住してしまえば、もはや芸は一歩も上達しなくなると、慢心する心を強く戒めているのです。何かを達成したとしても、「自分はまだまだだ。もっと稽古しなくてはいけない」と、謙虚な姿勢を持ち続けることが大事だと説いています。
もう一つ、私が心にとめている世阿弥の言葉に、「離見の見」があります。もともとは禅の言葉ですが、常に自分を冷静に俯瞰する第三の目を持って能を演じなさいということです。例えば、能を演じている時、今日のお客様はとても盛り上がっているから、いつも二足で行う摺足を四足でやってしまおうと、心がうわついてしまうことがあります。しかし、普段の稽古でもやらないことを舞台でやってしまうのは、芸道において最もいけないことであり、お客様も興ざめしてしまうものです。
引用終了
感想
風姿花伝・花鏡を読むとこの初心が書いてあり、青少年期の初心と老後の初心などそれぞれの時期における初心について書かれています。
まあいいかと思って生きているとやっぱり何も身につかないしお役立ちすることはない。初心を大事にする。
その初心を大事にできるのは離見の見であり、我見でもなく、離見でもなく、離見の見で自分を客観視することで、初心を大事にできる。
1つ1つの言葉ではなく、すべてがつながっている。
これをやればいいというのではなく、やはり方向性を示してくださっているのだと思いました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA



