仁の政治が行えるような心構え

仁の政治が行えるような心構え

2021年8月13日 0 投稿者: nishii

自己努力と相手を慮ること双方を満足する士業を育成する仕組みを作り後世に残すことを目指す中小企業診断士西井克己です。

 

タイトルの仁の政治が行えるような心構えは、

嚶鳴館遺草に学ぶ細井平洲の経営学 童門冬二著 志學社

に記載されているものです。

心に響いた言葉を引用したいと思います。

引用開始

「花と実をたとえにしながら、「節倹」の努力を求めるこの文章は、結局は「花も実も一過性ではなく、恒久的なものを大事にすべきだ」という教訓ではないでしょうか。つまり美しいことだけではなく、身に痛いことも一瞬ちくっとしたり、熱かったりしても、そういう瞬間的なものは必ず忘れ去られます。「そうではなく、長く自分の教訓反省として、身に残るような節倹を行わなければならない」ということでしょう。そうでないと、民のため改革を行っても結局は一夜限りの痛みとして忘れ去ってしまいます。それは本人自身が、早く痛みを忘れようと努力をするからです。そうなると、その痛みは民のために傷ついたわけではなく、自分のためのものであって、自分のためのものであれば、早く痛みから逃れたいと思うのが人情です。だから平洲は、「長く痛みが残っていれば、常にそのことを忘れない。痛みというのは、民の身になってその悲しみや苦しみを自分のこととする恕の気持ちに基づくからだ。改革も同じである」といっているのです。要は、人君の徳と位置づけられる、

「仁の人生が行えるような心構え」

を、トップに立つ者は特に普段から心掛けなければならないという教訓です。

引用終了

一回は誰でもできるが長く続けることは誰でもできない、長く続けることで差別化につながっていることがもっとも中小企業の差別化に相応しい。

そう思うようになってきました。

上杉鷹山の師と伝えられている細井平洲。西郷隆盛も吉田松陰もその影響を受けたと言われている人物です。

「花と実をたとえにしながら、「節倹」の努力を求めるこの文章は、結局は「花も実も一過性ではなく、恒久的なものを大事にすべきだ」と

長く続けることを前提にしている。

いつの時代も本質は同じ。

何か取り組むときは、効果があるかも大事ですが、続けることが当たり前にできるか?この視点も大事にしていきたいと思います。

中小企業診断士西井克己が経営している迅技術経営(中小企業診断士4名、社会保険労務士1名、診断士・税理士1名、中小企業診断士を目指して勉強している方2名)では、金沢で修業(10年ぐらい)して、故郷で支店(北陸3県を除く)を出したいという思いにも対応したいと思っていますのでご相談ください。

 

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