修身教授録 森信三著

修身教授録 森信三著

2020年5月4日 0 投稿者: nishii

自己努力と相手を慮ること双方を満足する士業を育成する仕組みを作り後世に残すことを目指す中小企業診断士西井克己です。

修身教授録 森信三著 致知出版社を読みました

心に響いた言葉を引用したいと思います。

引用開始

社会の地位を一段でも上へ上へと登って行こうとする人は、例えばここに様々な鉱石の層よりなる大きな絶壁があるとしてみましょう。するとその場合、先に述べた社会上の地位を、一段でも上へ上へと登ろうとする人は、いわばかような絶壁へ梯子をかけて、上え登るほど、そこには立派な鉱石があるからと言って、一段でも上の梯子段へ登ろうとあがいているようなものです。
ところでその際人々が、一段でも上のはしごへ登ろうとするのは、一段でも上へ登れば、それだけ良い鉱石がある以上、一応もっとも千万と言えましょう。しかしながら、ここに1つ見逃してはならない大事なことがあると思うのです。
それは何かというと、ただ梯子段を上に登ることだけを考えて、どこか一か所にとどまって、鉱脈に掘り込むことを忘れてはならぬということでしょう。
もし梯子段を上へ登ることだけを考えて、このどこかに踏みとどまって鉱石を掘ることに着手しない限り、一番上の段階まで登って、たとえそれが金銀のある場所だとしても、その人は一塊の金鉱すらわが手に入らないわけです。
これに反して、仮に身は最下の段階にいたとしても、もしそれまで梯子段の上ばかりにつけていた目の向きを変えて、まっすぐに我が目の前の鉱石の層に向かって、力の限りハンマーをふるって掘りかけたとしたら、たとえそれは金鉱や銀鉱ではないとしても、そこには確実に何らかの鉱石が掘り出されるのであります。

引用終了

金銀だけを掘っていても社会は成り立たない、鉄や鉛も必要。

人それぞれが自分の役目を果たしてこそ社会は成り立つ。

大事なのは、まっすぐに我が目の前の鉱石の層に向かって、力の限りハンマーをふるって掘ること、掘らない言い訳(もっと上に上がってから掘る)をしない事。

一定程度まで掘っていった人は、その鉱脈が、金であれ鉛であれ、恐らく掘り続けるときに必要なことをは共通したものが必ずある。

公務員であれ、職人であれ、経営者であれ、立場は違えど、仕事をきっちりとすすめるうえにおいては共通項目は必ずある。

なんとなくもやもやと感じていたことが、文字になっているとかなりしっくりくる。そんな感覚で読み進めることができました。

200504_0825~01