~コスパ・タイパだけでは測れない読書の価値~
最近は、何かを選ぶときに
「コスパがいい」
「タイパがいい」
という言葉をよく耳にします。
限られた時間やお金を有効に使うことは、もちろん大切です。
でも私は、本を読むことまでコスパやタイパで考えるのは、少し違うのではないかと思っています。
「この本を読んだら、何が得られるのか」
「何時間で読み終えられるのか」
「要約を読めば十分ではないか」
「生成AIにまとめてもらえば早いのではないか」
確かに、情報を得ることだけが目的なら、それでもいいのかもしれません。
今はインターネットで検索すれば、たくさんの情報が出てきます。
生成AIに質問すれば、知りたいことを分かりやすく整理してもらうこともできます。
だからこそ、私は思います。
本を読む価値は、情報を得ることだけではない。
むしろ、本を読みながら自分自身について考える時間にこそ、価値があるのではないでしょうか。
本を読みながら、自分と対話する
本を読んでいると、ふと手が止まることがあります。
「これは、自分にも当てはまるな」
「私はこの考え方とは少し違うかもしれない」
「そういえば、あのとき私はなぜあんな判断をしたのだろう」
「これから自分はどうしたいのだろう」
本に書いてあることを読んでいたはずなのに、いつの間にか自分自身について考えている。
私は、それが読書のおもしろさだと思っています。
本を読むことは著者との対話であると同時に自分との対話でもある。
自分は何を大切にしているのか。
どんなことに違和感を覚えるのか。
これからどう生きたいのか。
普段の生活では目の前の仕事や家事に追われて、こうしたことをゆっくり考える時間は意外とありません。ですが本を開くことで強制的に少し立ち止まることができます。
タイパが悪いからこそ意味がある
本を読んでいて、
同じページをもう一度読む。
前のページに戻る。
気になった言葉に線を引く。
本を閉じて、しばらく考える。
一見すると、どれも「タイパが悪い」行動です。
でもその時間の中で、
これまでの経験と本の内容がつながったり
自分でも気づいていなかった価値観に気づいたり
今までとは違う視点が生まれたりします。
10分で要約を聞けば分かる内容を、数時間かけて読む。
効率だけを考えれば、無駄に見えるかもしれません。
でも、人間の思考はそんなに単純ではありません。
遠回りをしながら考えるからこそ、自分の中に残るものがあります。
何冊読んだかより、何を考えたか
年間100冊。月10冊。読書量を目標にすることが悪いわけではありません。
ただ私は「何冊読んだか」よりも、一冊の本を読んで自分が何を考えたかのほうが大切だと思っています。
たった一つでも、
「明日からこれをやってみよう」
「私はこうありたい」
「これまでの考え方を少し変えてみよう」
と思えるものがあれば、その一冊には十分な価値があります。
逆に、たくさん読んでも「読んだ」という事実だけで終わってしまえば、少しもったいない。読書のゴールは、冊数を増やすことではありません。
読んだことをきっかけに、自分の考えが深まったり、行動が変わったりすること。
私はそこに意味があると思っています。
同じ本でも、読む時期によって違って見える
数年前に読んだ本をもう一度読むと、「こんなこと書いてあったかな?」と思うことありませんか?
以前は何とも思わなかった文章が、急に心に残る。
それは、本が変わったわけではありません。
自分が変わったからです。
経験が増えたり、
立場が変わったり、
悩んでいることが変わったりすると、
同じ文章から受け取るものも変わります。
だから本は、一度読んだら終わりではない。
そのとき、そのときの自分と向き合うためのものでもあるのだと思います。
効率では測れない時間を持つ
仕事では、効率化は大切です。コスパやタイパを意識したほうがいい場面もたくさんあります。
生成AIやデジタルツールも、便利なものはどんどん活用すればいいと思います。
でも、人生のすべてを効率化しなくてもいいのではないでしょうか。
本を読む
立ち止まる
考える
自分に問いかける
また読む
そうやって過ごす時間は、一見すると遠回りです。
でも、その遠回りが自分の価値観やこれからの生き方を考える時間になることがあります。
だから私は本を読むときくらい、コスパやタイパなんて気にしなくてもいいと思っています。
すぐに役に立たなくてもいい。
全部理解できなくてもいい。
読むのに時間がかかってもいい。
本を読む時間は、情報を仕入れるためだけの時間ではありません。
忙しい毎日の中で、自分自身とゆっくり対話する時間。
そんな読書の時間を、大切にしていきたいと思います。