素直な心になるために 松下幸之助著 PHP文庫

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自己努力と相手を慮ること双方を満足する士業を育成する仕組みを作り後世に残すことを目指す中小企業診断士西井克己です。

素直な心になるために 松下幸之助著 PHP文庫を読みました。

昨日、日本アンガーマネジメント協会北陸支部設立記念講演会で安藤俊介さんの講演を受講いたしました。

この本の中で、昨日の講演と本質的には共通していると感じたところあがありましたので、紹介したいと思います。

その部分は、終章の211ページの終わりから214ページからはじめに記載されています。

引用開始

 それから、ここでもう1つ考えておきたい大切なことがあります。それはどういうことかといいますと、お互いが素直な心になったならば、いわゆる悪というものに対してどのような見方、考え方、対処のしかたをするのかということです。つまり、悪というものに対する素直な見方、悪に対する素直な対処のしかたといったものについて、ここで改めて考えてみたいと思うのです。
 そもそも悪とはどういうものかといいますと、これについてはさまざまな見方、考え方があるのではないかと思います。が、一つにはやはりお互い人間の共同生活の安定発展を妨げる働きが悪とされるのではないでしょうか。そしてこの悪というものは、そういう好ましからざる働きであるだけに、とかくみなから憎まれ、否定され、排除しなければならないと考えられがちではないかと思われます。
 また実際のところ、この悪が少なくなるということはまことにのぞましいことであり、これを少なくしていくことに対する努力というものは大いに意義のある、必要なことであると思います。
 だから古来、幾多の先人の方がたは、悪というものを憎み、これを共同生活から排除し、絶無にしていきたいという強い願いに立たれて、もろもろの尊い努力を重ねてこられたのではないかと思われます。そしてそうした尊い努力によって、やはりそれなりに悪を少なくすることもできたのではないかと思います。けれどもその半面においては、やはりいつの時代においても悪は絶無にはならず、今日に至るまで人びとはたえず悪に苦しめられるといった姿をくり返してきたのではないでしょうか。
 そういった悪の根強さというものが、はたしてどういうところからきているのかというと、これはよくわからないのですが、一つにはやはり人間の本性の一面として、そういう悪に結びつくようなものがあるのではないか、という見方もできるかもしれません。
 そこで、悪というものを人間の共同生活から排除し、これを絶無にしていくということができないとするならば、これにどう対処していけばよいのでしょうか。第一にはその悪の存在を素直に認めなければならないのではないかと思います。もちろん、悪を極力少なくしていくための努力はたえず続けていかなければなりませんが、悪を絶無にできないのであれば、そのことを素直に認めて、そして素直な心でいかに悪に対処していけばよいのかを考えていくことが大切ではないかと思うのです。
 すなわち、お互いが素直な心になったならば、悪というものは絶無にできないものであり、共同生活の中においてたえずそれがある程度存在するのもやむを得ない、といったような見方もおのずと生まれてくるのではないかと思うのです。したがって、適当な限度まで悪を少なくしていく努力は続けていくけれども、その悪が存在すること自体に対して必要以上に心をわずらわせることもない。また、激しい感情にかられて悪に対してことさらに憎しみや怒りをぶつけていくこともない。そういった冷静にしておだやかな考え方、態度も生まれてくるのではないでしょうか?

引用終了

昨日の講義の中でもおこる必要があることと、ないことを整理すること

怒るメカニズムは、

出来事(事実)→自分の中での意味づけ→感情

飛行機に5つ荷物を持ち込む→普通1つなのでおかしい→いらいら

となり、

自分の中での意味づけは、○○するべきという自分の中の辞書が源泉である。

怒る必要がないことは、自分の中の辞書を書き換えることで対応できる(すなわち、他人ではなく自分を変えることで怒りはコントロールできる)。

というものでした。怒りと悪という表現の違いはあるものの、本質的な近似性は高いと感じました。

とはいえ、なんにせよ毎日の行動や振り返りに落とし込まないと人間は変わりませんので学んだことを少しずつ実践していきたいと思います。

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